航空母艦、海軍の要①

どうも。世界の海軍です。

今回から3回に分けて現代海軍戦力の要である航空母艦の歴史について紹介します。

まず、初めに航空母艦の祖でもあるのが気球母艦の存在です。

18世紀に気球が発明されて上空から見晴らすことができる乗り物として、軍事利用も行なわれ始めました。これは日本でも着目しいち早く陸軍がこれを研究対象としています。これを陸上ではなく、洋上航空兵器として用いようとしたの気球母艦であり航空母艦の元祖となります。

そしてアメリカでライト兄弟により、航空機が実用化された直後から気球ではなく世界の海軍は航空機へとシフトしていきました。

これが航空母艦となります。

アメリカは1910年11月14日に軽巡洋艦「バーミンガム」に仮設した滑走台から陸上機の離艦に成功

し、翌年1月18日には装甲巡洋艦「ペンシルベニア」の後部に着艦用甲板を仮設し、着艦に成功しました。

さらに、1912年にはイギリスで艦船からの離着艦に成功しています。ただ、これらの成功は港内に停泊中の艦船からのものであり、当時の技術力では実用性は難しいものでした。

第一次世界大戦になると、これまで二次元であった戦闘領域に空中や水中を巻き込んだ三次元戦闘へと変貌を遂げ、日本海軍でも離艦と着水を行う水上機母艦「若宮」を実践投入しています。イギリスは2,000〜10,000トンの商船を水上機母艦に改造し航空母艦 を建造しましたが、戦力の不足を感じ、20000トンクラスの超大型巡洋艦として建造中の「フューリアス」の砲を降ろし世界初の本格的航空母艦が建造されました。

しかし、元々巡洋艦として建造されていたため、現在のような全通甲板を備えるものではなく、真ん中にドでかい艦橋がそびえたつ不自然なものでした。

現在のような全通甲板の航空母艦ができたのはその後すぐで、イギリス海軍によって「アーガス」が建造されています。なんと、この「アーガス」こそが以後の航空母艦のモデルとなったのです。

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